TAOの導入で大学入試のDXを推進する立命館大学の今とこれから
去る2022年7月23日に3回目となるオンラインセミナー「これからの大学入試開発会議」(日本アクティブラーニング協会/株式会社サマデイ主催)が開催された。
今回のテーマはずばり「大学入試の世界標準化」。入試をDXすることでどうやって世界標準に合わせていくのか――そのカギを握る、世界標準モデルの入試システム「The Admissions Office(TAO)」について、実際に導入し、今もチューニングをしながら効果的な留学生受け入れを実現している立命館大学 入学センター 国際入学課、清水茉耶氏をゲストに迎え、導入の背景と現在に見えた効果と課題についてプレゼンテーションが行われ、司会を努めたサマデイグループ石川成樹氏、青木唯有氏とともにディスカッションをしながら今後の「大学入試の世界標準化」について考察した。
ここでは、その様子をレポートする。
「これからの大学入試開発会議」とTAO
まずはじめに、「これからの大学入試開発会議」について簡単に説明する。
「これからの大学入試開発会議」は、国主導の動きだけではなく、大学入試にかかわるすべての人たちが自発的に、有志で集まってこれからの姿を考えていくことを目的に用意された会議で、そのときどきのキーパーソンをゲストに迎え、まさに変化の真っ最中である2020年代の大学入試の現状分析とともに、これからの展望について、ディスカッションしながら1つの方向性を示していくもの。
ポイントとなるのは、いわゆる権威的な立場からの発信ではなく、大学入試の最前線に立ち、意思決定を進める実践者たちが生の声を届けてくれる点。
これまで、慶應義塾大学環境情報学部学部長 脇田玲氏や早稲田大学副総長 須賀晃一氏(いずれも開催時の所属・肩書)、日本アクティブラーニング協会理事長を務める相川秀希氏など、多彩な顔ぶれのメンバーが登壇している。
今回のこれからの大学入試開発会議では、「世界標準」をテーマに、ドメスティックな大学入試の話題ではなく、国境の壁を越えた大学入試の実現に向けた課題解決と仮説、ゴールという形で、実例が紹介された。
実例の紹介に先立ち、司会を務めた石川氏が、イベント直前に開催され(2022年7月12~15日、米国時間)自身も参加した、アドミッションオフィサーと学校のカウンセラー、企業関係者が集まるイベント「INTERNATIONAL ACAC 2022」について紹介し、コンソーシアム型オンライン入試システムの重要性を、当事者の声を紹介しながら説明した。
実際にイベント参加者へヒアリングをしたところ、日本の大学入試に対しての、海外の入試関係者たちからのイメージは、日本の大学進学は勧めたい一方で、異口同音に「プロセスが複雑」「大学ごとに異なるシステムの難しさ」「(複雑・難解であるがゆえに)生徒たちにとっての障壁が1つ増える」「紙主導型による対応のしづらさ」など、大学入試時代に課題があるという現実が突きつけられたそうだ。
Common App、UCASとともに、アジアの大学入試の基盤として注目を集めてきているTAO。
イベント中は、オンラインQAシステムを利用した視聴者向けアンケートも実施。
オープニングパートでは、日本国内の大学入試関係者に向け「日本の大学入試、何を変えればもっとよくなる?」という質問を投げかけたところ、「手続きの簡略化」「価値観」などの回答の中、「共通化」という声が最も多く上がり、まさに今回のテーマである「世界標準」に向け、現場にいる関係者も同じ課題と、共通化実現に向けた手段への期待を求めていることがわかった。
現在進行系で世界標準化が進む、立命館大学の大学入試の現場
いよいよ本題がスタート。今回のゲスト、立命館大学 入学センター 国際入学課 清水茉耶氏は、所属部門の名のとおり、国際向けの大学入試にかかわる業務を担当する。
立命館大学 入学センター 国際入学課 清水茉耶氏。
先ほど紹介したTAOは、2023年度入学対象者からの導入が行われており、つい先日、最初の募集期間が締め切られたタイミングでの登壇となった。
清水氏は、これまでの大学入試システムと、TAOを利用した大学入試(進行中)について、当事者としてさまざまな感想と、課題、また、より良い大学入試の未来に向けた提案や提言を多数述べた。
ここ10年で増えた留学生に向けたアプローチ
立命館大学は、2022年7月現在、16学部、21研究科、4つのキャンパス(京都、大阪、滋賀)に、学生数約36,000人、そのうち71ヵ国、2,755名の留学生、また、国内に限っても半数は近畿圏外と、さまざまな地域から、多彩な学問を学びに学生が集まる総合私立大学。
とくに、スーパーグローバル大学事業への採択、英語のみで学位取得が可能なプログラムの開始などにより、この10年で留学生が増えた、と、清水氏は、今の立命館大学の学生構成やトレンド、特徴を紹介した。
立命館大学の外国人留学し絵の数は右肩上がりで推移している。
清水氏は「私たちが所属する入学センターのミッションは“優秀な学生の確保”で、そのために、時代の変化に合わせた多様な入試方式の準備を行ったり、民間企業と協力したプログラムの開発など、積極的な取り組みを行っています」と、自身が所属する部門のミッションと実際についても説明した。
立命館大学ならではの興味深いプロジェクトとして、“R2030 チャレンジ・デザインで目指す次世代研究大学や新たなグローバル化推進”や、atama plus株式会社と協力して開発した“UNITE PROGRAM(AI活用による指定単元学習プログラム)とAO入試の組み合わせ”、など、他大学にはないユニークな取り組みが現在進行系で実施されている。
基本的なところでも、次の年度に向け、数学重視方式、数学的素養型、基礎数学型という新しい3つの入試方式がスタートしている。
2022年7月時点での、立命館大学の学部入試方式。図のように非常に多様な方式が用意されている。
3つの赤字は新たに設置された方式。
一方で、入学センターは学生募集→入試執行→入学手続きの一連の項目をすべて担う部門で、このような多様な入試方式がゆえに、入学センターのメンバーたちは「入試を回すことで精一杯」だった、とのこと。
そのため、ミッションである“優秀な学生の確保”への注力が難しい現状もあった、と、ユニークな組織だからこその悩みについても吐露した。
立命館大学が抱えていた大学入試の課題
こうした中で、ミッション実現に向けてどうすれば良いか、という中で、まず、立命館大学として抱えている大学入試の課題を、それぞれの立場から調査・分析したところ、以下のようなことがわかった。
大学側が抱えていた課題
- プログラムや入試方式、出願数の増加に伴う業務の煩雑化
- ICT活用についての議論(→コロナ禍を経てプロジェクトが発足(2020.6~))
- 紙ベースの出願や出願システムによる工程遅延(出願処理~入学のボトルネック)
- RPA導入(2021)の失敗
- 工程数の多さ・複雑さ、紙と電子コミュニケーションの併用による弊害
- 学内の既存システム→オンプレミスの出願システムとしての限界
- AIを活用した新しい入試(通称UNITE Program)の開始とその対応
受験生が抱えていた課題
- 出願方法の複雑さ
- 出願完了や書類到着の確認手段
- 書類差し替え方法
- 二重登録などの操作ミス
- 書類の郵送にかかる負担
- 異なる入試方式で併願する場合の負担
高校教員が抱えていた課題
- 複雑すぎる入試方式
- ホッチキス止めや原本郵送の手間
- 原本郵送の手間
- 立命館に興味のある生徒はいるが、日本の大学の出願は煩雑なので他国を選択するよう説得されたケースも……
- 大学や学部によって異なる入試スキーム
このように、それぞれの立場から、非常に多くの課題が見つかり、それをどうすれば解決できるか、入学センターにて議論がスタートした。
プレゼーションの中でも、とくに課題の部分については多くの時間が割かれていた。自学の課題をしっかりと分析し、
さらに言語化して共有したことが、今回のDX、TAO導入の成功理由の1つとなった。
課題解決とTAO導入への道のり
TAO導入が正式に決まったのは、2021年12月。「実際に(TAO導入の)検討がスタートしたのは、2020年7月のTAOセミナー参加がきっかけでした」と、清水氏は振り返る。
立命館大学におけるTAO導入までのタイムライン。
すでに、上述のような課題が見つかる中、日本ではコロナ禍に合わせDX(デジタルトランスフォーメーション)の動きが積極的になり、その波は大学入試の分野にも押し寄せた。
そこで立命館大学では、まず、大学入試のDXという観点で大学入試方法の改革に動き出したそう。
DXの取り組みにおいて検討したポイントは、
- 本学・受験生・高校教員にとっての利便性
- 大学の業務・入試執行との整合性
- システム改修の技術的・時間的制約
- コスト
と、まさに他の産業と同様に、まず利用者にとってメリットがあること、そして、既存のビジネス(業務)への影響が少ないこと、コストが小さいこと、といった観点で動き出した。
その中で、大学入試という分野においては、「私たちは(大学入試という)目的とゴールは同じ業務を毎年繰り返す中、受験生や世の中の環境は変わるという、変化にどう合わせて継続するかを、とくに時間を割いて検討しました」と、清水氏はコメントした。
立命館大学がTAOを導入した決め手と導入の実現
清水氏を含め大学側のメンバーとしては、“大学入試という概念が変わらない中、関係者や情勢の変化が大きいという相反する部分とどのように対峙するか”を考え、さまざまなツールやソリューションを探し、TAOに辿り着いた。その決め手となったのが次の4つの点。
- コンソーシアム型であること
- (システムが)カスタマイズできること
- (とくに利用者にとっての)UI/UXが優れていること
- コスト
このうち2~4つ目は先ほどの、DXの取り組みで検討したポイントにも通ずるものであり、また、1つ目のコンソーシアム型は、社会変化への対応に加えて、今後の大学入試は世界標準にならなければ淘汰されてしまう、という危機感から含められた検討事項でもある。
これらを実現できるであろう、ということで、TAOが選ばれ導入に至った。
TAO導入後、これから
こうして、今年2022年5月に新AOのエントリー、6月に英語基準入試募集の開始から、TAOによる立命館大学の新しい入試がスタートした。
立命館大学の出願方式の変遷。これからもわかるように、TAO導入以前は、入試方式ごとにばらばらで、大学関係者、受験生、高校教員、どの立場にとっても不便だったことがわかる。TAOはそれを一本化した。
まだ始まったばかりではあるが、清水氏は「すでに数字的な部分での効果が見えました。たとえば、NITE Programのエントリ数が110件超、さらにグローバル教養学部の出願数は前年同時期よりも増えています」と、効果が現れていることを紹介した。
加えて、「出願処理業務のスリム化」「受験生とのコミュニケーション」「改善スピードの向上」など、入学センターの立場として、導入の効果を感じているそうだ。
「繰り返しになりますが、私たちのミッションは“優秀な学生の確保”です。そのためには、利用者の便益に目を向け、さらに大学入試という多様な価値観が含まれるものに対して、自学だけではなく、他大学のグッドプラクティスを取り入れる環境ができたことは本当に良かったです。
加えて、出願システムだけではなく、これまで温存のバイアスで現状維持となっていたさまざまな入試関連の業務工程の改革をはじめるきっかけにもなりました」(清水氏)。
一方で、現時点では、「学部数×入試方式<募集の数」といった状況、TAOの汎用性を最大限活用できなかった、など、今段階で課題も見えてきたそう。今後は、これらの課題をTAO運営チームにフィードバックしながら、より良い改善につなげてもらうことに期待し、清水氏自身も、立命館大学としての大学入試の運用スタイルの確立、入学センターメンバーのツールの習熟度ギャップの解決など、すでに、もう1段上の活用に意識が向いているのが印象的だった。
「世界標準」は横並びではない~多様な大学入試に誰もが手軽にアクセスできる状況を作ること
以上、立命館大学 清水氏のプレゼンテーションの内容を中心に第3回 これからの大学入試開発会議の模様をお届けした。
まず、今回のプレゼンテーションから、立命館大学のTAO導入の経緯と実際、その間の具体的な作業を視聴し筆者が思ったことは、大学入試に限らず、日本のさまざまな産業において、DX(デジタルトランスフォーメーション)は、旧来の価値観や現状の安定と、今現在起きている変化との間で発生する歪をどのように乗り越えるか、そして、乗り越えた先に新たな価値を生み出せるかが重要になる、ということだ。
立命館大学の事例では、多くの歪に対して、ミッションを実現したいという強い想い、それを実現するための具体的な手段(TAOの選択と導入)に対して、清水氏を中心に入学センターのメンバーが自発的に動き、乗り越えた結果がTAO導入に至った、と筆者は考える。そして、すぐさま数字的な結果を含めた新たな価値が生まれている。これはDX導入事例としての好例と言えるだろう。
もう1つ、立命館大学の取り組みで大事なことはDX自体が目的だったのではなく、「世界標準の大学入試を整備すること」を目的としていたこと。同大学は、まず自分たちが行っている入試の分析からスタートし、さらに、UNITE Programをはじめとした新しい技術やトレンドの積極的な採用と実践、そして、国内に閉じずに、世界に向けて意識し、TAOを選んだことが、「世界標準」に向けた第一歩を踏み出せたのではないだろうか。
今後、世界各国の学生たちが、立命館大学はもちろんのこと、自分たちが希望する大学に向けて手軽にアクセスし、チャレンジ(出願)できること、分け隔てなく希望の大学の選択肢が増えていくこと、つまり、横並びで大学を選ぶのではなく、学生一人ひとりの希望に沿った大学に、各自のタイミングで選び挑戦できるようになることこそが、大学入試の「世界標準化」につながっていくと、筆者は考えている。TAOなどのコンソーシアム型オンライン入試システムは、そのためのプラットフォームとして、今後さらに重要性が高まっていくだろう。